会社概要 / 沿革 / 歴史

Arthur D. Little Inc,  ~125年以上の歴史~

1886年、マサチューセッツ工科大学のアーサー・D・リトル博士により、ADLは世界最初の民間受託研究機関としてのマサチューセッツ工科大学のキャンパス内に設立されました。設立当初は技術開発の委託研究を中心に活動していましたが、1920年代のゼネラル・モーターズ(GM)における戦略事業部制等の新たな経営手法導入に関するプロジェクトをきっかけに、経営コンサルティングファームとして活動領域を拡大して参りました。今日では、ADLは経営戦略立案から組織・業務の改革、技術開発に至るまで経営上のあらゆる課題にお応えできる戦略コンサルティグファームとして、特色ある地位を確立しています。

 

ADLジャパン  ~30年以上にわたる活動~

ADLジャパンは1978年に世界の重要拠点のひとつとして、設立されました。以来30年以上に亘り、日本国内の一部上場企業や外資企業を始め、大手企業のトップマネジメントに対して、多岐にわたる経営課題解決の為のコンサルティング・サービスを提供しております。

 

ADLの歩み

1886年

MITの学生であったArthur Dehon Little、Roger Griffinは、「学問的な研究から得られる『科学』が将来ビジネスに応用され、社会や産業に大きな恩恵を与えるに違いない」という壮大なビジョンの元、”Grifin&Little”を設立。Dr. Littleは当時若干23歳、自由の女神に明かりが灯った年のことであった。

1893年

Griffin&Littleは独自の知見に基づき化学的製紙方法を記した「製紙の化学」という書物を出版、業界の標準参考書となった。DuPontによる、世界最初の化学工業研究所が開設される10年前のことである。この年、志を共にしたGriffinが突然の事故でこの世を去り、Griffin&LittleはArtuhr D. Littleと改称する。

1899年

Arthur D. Littleは既に3000件近くの特許を獲得していた。その中には、Eastman Kodakに後に売却されることになる不燃性写真フィルムや、後に社会に大きく貢献することになるビスコース・レーヨン等があった。この頃、MITの化学教授であったWilliam H. WalkerがArthur D. Littleに参加、社名をLittle&Walkerと改称する。

1908年

世界初の大衆車、FordのT型が発売される。Dort-Durant CompanyとBuickは合併し、General Motorsを結成した。その3年後、Little&WalkerはGM初の中央研究所設立の支援を行った。このプロジェクトを皮切りに、ADLはマネジメントコンサルティングの領域へと活動領域を拡大する。 

1909年

Little&Walkerは正式にArthur D. Little Inc.と改称、技術的知見に溢れたプロフェッショナルスタッフ22名で構成される、少数精鋭の株式会社として新たなスタートを切る。